えりおのそら

定年まであと一年というところで「適応障害」の診断を受けた旦那様。 躁うつ病の私と異食症の猫が、はたして旦那様をサポートできるのか。そんな日々を綴ったブログです。お気に入りのサウナ施設やグルメなども紹介します。

夫婦の世界

夫婦とは

韓国ドラマにあるようなタイトルをつけてしまいました(笑)

夫婦とは何でしょうか。

難しい話題に触れてみます。

 


 

だんな様が休職して1ヶ月、こんなにも長く一緒に過ごしたのは初めてです。

いつもいない人がいる。

躁うつ病の人はそれだけで、自分のリズムが崩れて体調が悪くなってしまいます。

ここをコントロールするのに苦戦しました。

 

そう言えば、子どもが小さい頃は子育てに悪戦苦闘していたので、時間はあっという間に過ぎ、

子どもが大きくなってからは私も正社員で働きだしたので、忙しくて夫婦の会話もあまりなくなってしまいました。

 

そんな時、だんな様に5年間の単身赴任がありました。

長女は大学の勉強とバイトでほとんで家におらず、次女は看護師となり寮生活のため家を出ました。

私は義父と2人きりの生活になってしまい、それが何とも苦痛で、

そして、だんな様のいない生活は本当に寂しかったです。

 

しかし長い結婚生活、ここで5年間離れたことは、色々なことを考える良い機会になりましたが、

やはり夫婦は一緒にいないとダメなのかなとも感じました。

 

 

結婚によって生まれる絆

 

「結婚は長い対話だ。時折のあらそいがそれに彩りを添える」(スティーブンソン)

私はこの言葉がとても好きです。

それまでの他人が、生涯をともに歩むのですから簡単なことではありません。

 

ずいぶん昔の新聞記事ですが、とても印象深いものがありました。

夫婦の間柄も年代によって変わってくると、ある文学者はこの「絆」について分析していました。

 

20代「愛」  互いの珍しさもあり、愛情も新鮮である。
30代「努力」 ともに嫌な面も目につく。円満にと思うと頑張るしかない。
40代「忍耐」  体力も衰え始めて、よりよい家庭をとの積極性も乏しくなる。
50代「諦め」  我慢も通り越し、もうやり直しもきかない。縁があっての定めと諦める。

 

そして迎える60代は「感謝
妻にとってみれば、私のような女を連れてよく頑張ってくれたとの思い。 夫のほうも、自分のような男をよくぞ見放さず付き添ってくれたとの感謝の念。 ここまでくると、途中の葛藤は幸せの彩に変わってくるのです。

 


 

この記事を読んで、もう一つのキーワードに気づきました。

それは、相手への「敬意」です。

 

人生100年時代といわれる今、54歳の私はまだ折り返し地点を過ぎたところ。

適応障害」と「パーキンソン病」を患っているだんな様は、 これからも辛い人生が予想されます。

それでも、最後にいい人生だったと言ってもらえるように、私もいい人生だったと言えるように、

感謝と敬意を忘れず、共に生きていきたいと思います。